夏座敷対角線に妻のゐて 岡本久一 評者: 前田 弘

 夫婦同伴の同窓会だろうか。会場は珍しく、緑の庭園に開け放たれた夏座敷である。数年ぶりに顔を合わせる誰彼と握手を交わして、思い思いの席につく。あふれ出る会話に時を忘れるが、ふっと、眼を対角線に移すとそこに居る妻の姿にはっとする。それだけの景であるが、そこに複雑微妙な夫婦の情感の揺れを感じる。
 人間のコミュニケーションは、理詰めの話だと正対し、相手の目をしっかり見つめる。相手の心をほぐす時には、さりげなく肩を並べる。そして、対角線上という微妙な位置は、何を暗示するのだろうか。理性と感性のほどよい距離感、夫婦関係の円熟を想像させる。大げさな句ではないが、日常生活のちょっとしたアングルの変化に、生きることの擽ったさを感じる。
 作者は昭和11年、愛媛県生まれ。須川洋子主宰「季刊芙蓉」、久保田月鈴子主宰「富士ばら」、久保田慶子主宰「笙」等の同人を経て、宮本修伍と「とらいあんぐる」を設立し編集を担当、修伍氏没後、同誌の代表として活躍中。句集に『悪人』『車座』その他がある。
 既存の二句集にも妻俳句が多いのに改めて驚く。
  ひさびさの塩辛とんぼに妻呼びぬ    『悪人』
  若草の濃き場所妻に譲りけり
  暗がりに来てから妻のショール借り
  洗ひ髪のみに惹かれしにはあらず
  湯豆腐の独り言聞く妻の留守      『車座』
  もっともな妻の小言やレモン嚙む
 どの句からも岡本家の円満な夫婦像が彷彿としてくる。時には平凡のよろしさをじっくり嚙みしめたい。

出典:未名会合同句集『名前はまだない』(平成20年8月)

評者: 前田 弘
平成21年11月11日