杭を打つ裸ぎらりと裏返し 北 光星  評者: 前田 弘

 一期一会は「生涯にただ一度まみえること。一生に一度限りであること」と、辞書にある。しかし、この作者にとって、一期一会は毎日のようにあり、それを涼しく感じる、というのである。言い換えると、毎日毎日を新鮮に、涼しく生き抜く。言葉で書くと単純だが、日々、このように生き抜くことは凡人にはできない。どこか仙人の姿を彷彿とさせる。事実、句集に納められた写真を見ると、ああ、やっぱりと頷かせるものがある。
 この作者との出合いは、現代俳句の100冊シリーズの一冊『天地阿呍』(現代俳句協会)だけであり、会ったこともなければ、その他の俳句活動についても全く無知である。しかし、94歳にして、バリバリの現役俳人として句集を世に問うエネルギーに圧倒される。同句集には、既存の『冬将軍』『泥多仏』『古佛山水』等からも抄出されているが、昭和51年~60年の『天地阿呍』、著者84~94歳の作品群が抜群に面白い。
  心臓八十年つかひ古して日の永き
  九十年一瞬しゃぼん玉ぷつり
  骨皮筋ヱ門燕去りにけり
  酒とはうまいものかな雪深いかな
  狸汁叩けば埃出る身にて
  天澄むや知らぬが仏知るも仏
  三寒四温主まだ/\伸び縮み
 金子兜太氏は「乾いた、微笑含みの、自己戯画化」と解説している。平谷の人を食って生きる晩年のしたたかさは、三橋敏雄の「齢のみ自己新記録冬に入る」ともども、忘れ得ぬ最晩年の絶景である。90と言う稀有な時分の花である。

出典:『天地阿呍』

評者: 前田 弘
平成21年11月21日