藤の実やたそがれさそふ薄みどり 富田木歩 評者: 小宅容義

 木歩といえば、夏の意識に片寄った印象の「我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮」(大正6年)とか、「秋風の背戸からからと昼飼かな」(大正10年)に代表されるように、境涯の俳人として著名。幼くして歩行の自由を奪われ、小学校へも行けず、僅かにメンコやカルタで字を覚えたという。その上、肺疾患。貧困。まことに暗澹たる生活を強いられながら、遂には関東大震災で墨堤に27歳の命を了える。大変な一生だった。その中で大正11年作の掲句は、数ある孤影を直に落すものと違い、写生的素直さと澄んだ自然への執心によって彩られていて妙に明るさが感じられてならない。木歩、至福の一刻であった感が深い。大正5年から臼田亜浪門。同11年から渡辺水巴門。
 
評者: 小宅容義
平成16年8月9日