幻の砲車を曳いて馬は斃れ 富澤赤黄男  評者: 谷山花猿

 新興俳句『旗艦』の同人であった富澤赤黄男は陸軍工兵少尉として一九三七年九月召集され、中国中部を転戦した。多くの従軍俳句を作り、『旗艦』などに発表した。それらの作品は、諷詠的でも写生的でもなく、またリアリズム的でもなかった。いうならば、シュールリアリズム的で、詩的構成を持ち、文体も無季定型で、新鮮な叙情に溢れた句が多かった。この従軍俳句を収録した句集『天の狼』は、一時戦病で帰還・召集解除となっていた一九四一年九月に、『旗艦』発行所より刊行された。すでに、『京大俳句』や『土上』『広場』『俳句生活』などが治安維持法違反容疑で主要同人が検挙され、『旗艦』の日野草城も引退を余儀なくされていた。そのような事態のもとで刊行された句集であるだけに心有る俳人たちの熱い視線を浴びた。
 掲出の句は軍馬の戦死を書いている。軍馬は<幻の砲車>を曳いているのである。現実と非現実のあわいの軍馬の死といえよう。このような書き方は、「蒼い弾痕」に一般的で、新興俳句弾圧下のレトリックであるように思われる。機械化の遅れた当時の陸軍では、重量物の運搬に馬が不可欠で、召集された軍馬はほとんど母国に帰還できず、あわれな戦死を遂げたがそれを露骨に表現することは危険であった。危険を避けるためにレトリックは磨ぎ澄まされることとなり、景は抽象化されていったが、このことが皮肉にも赤黄男の従軍俳句の声価をたかめることとなった。「蒼い弾痕」には、次のような句がある。
  困憊の日輪をころがしてゐる傾斜
  一木の凄絶の木に月あがるや
  蛇よぎる戦にあれしわがまなこ

出典:『天の狼』蒼い弾痕より

評者: 谷山花猿
平成21年9月21日