人とその影加賀友禅を晒しをり 石原八束 評者: 松本詩葉子

 私の住む金沢市内を二つの川が流れている。
流れが急で荒々しい方の川の犀川は、俗におとこ川。流れが緩やかで情緒的な浅野川を、をんな川という。その一方のをんな川である浅野川の冬の風物詩が、加賀友禅流しである。
 加賀友禅は、加賀百万石の武家文化に対し、町方から発祥した町人文化である。17世紀ごろ京都より友禅染の技術が伝わり発展した。加賀友禅は縮緬・絽・羽二重などの生地を振袖・訪問着にするために染められる。加賀友禅の彩色は、図案の線に紅・紫・緑系の色を多く用い、ぼかしを巧みに使い模様を作る。友禅流しはその布についた糊や、余分な染料を寒中の冷たい川の流れに晒して、洗い流す作業である。つまり彩色の工程の一つで、洗い終わったあと、水中に鮮やかに浮かび上がる色彩は、目を瞠る美しさがある。
 さて、その友禅流しは私の住いからほど近い場所から見ることが出来る。近くに寄ってその光景を何度か見たことがあるが、雪のちらつく冷たい流れの中で、杭に止めた生地を束子や素手で懸命に洗い作業を続ける職人の姿は、伝統を守る厳しさを背負っている。
きっと句を作った石原八束も、その職人の背中に負っている厳しい伝統の影、すなわちその魂を見たのであろう。この句は、「俳句研究」(昭和61年2月号)の特集“石原八束の世界”の書き下ろし50句の中にあり、しかもこの50句の題名が「人とその影」であり、50句の中でもっとも重きをおいた句であった。
 「秋」創設者の石原八束が、飽かず眺めつ作句した魂の一句「人とその影」の句が、すぐ眼前の川の光景であることに、不思議な俳縁を感ずるのである。

出典:石原八束 第12句集「人とその影」三一書房(昭和62年)
 評者: 松本詩葉子
平成24年11月21日