しんらんがいてなめくじと私がいる 大山安太郎 評者: 松岡耕作

 「大山安太郎」については当欄ですでに篠原信久さんが素晴らしいコラムを書いておられるが、私も地元のリーダで私淑する「大山安太郎」を取り上げてみた。大山さんは、戦後まもなく音楽関連の会社を設立、経営の傍ら永年俳句と両立してこられ、自分史とも云える六十一年間の集大成「大山安太郎全句集」を上梓された。掲句はその中の一句。父親の影響で信仰心厚く、殊に親鸞聖人に対する思い入れは格別、主観と客観の想念のもとに、なめくじの存念に至った心境は、清明で奥深いものがある。
  チェロ低音寒鯉同じ位置保つ
  蟷螂の汝にはコントラバスが似合う
  ただ白きもの横たわる寝釈迦かな
  親鸞忌夜目にも白き道つづく
 句集を通じて、楽器の繰り出す音の世界、更に色合い、明暗、特に白色に対するこだわりなど、繊細な感性が、心の響きと相まって静謐に表現されている。
 大山さんは現在九十六歳、つい最近結婚七十五年のダイヤモンド婚を迎えられ、ご夫婦とも健在である。毎月ご一緒する勉強会では、今もなお褒め合いは駄目、本音で議論を尽せという口癖は、私共にとって叱咤激励となって浸透している。
 最後に大山さんの自選十句を掲げる。
  まなぶたを閉ぢても月の鶴歩む
  新年号に人の肩越し手をのばす
  瀬にふれし月の光が音たつる
  炎天を一本の樹が迎えにくる
  八月十五日ごろりと大き女の尻
  月光をもて一湾を暗くせり
  蛞蝓の地へと月光ひきずりゆく
  牛肉鶏肉人間の肉も少し下さい
  ベッドの舟ふんどしを帆にいずかたへ
  とめどなき雪解の音やしんらん忌

出典:『大山安太郎全句集』

評者: 松岡耕作
平成24年12月21日