夜が淋しくて誰かが笑いはじめた 住宅顕信 評者: 國定義明

 白血病のため27年前、1986年25歳で夭折した岡山市生まれの俳人顕信が広く世に知られようとしている。香山リカ精神科医による中央公論新社からの三冊、一周忌刊の彌生書房からの顕信句集『未完成』に始まる。2002年フランスで発行された日本俳句のアンソロジー507句に、山頭火・放哉に並び、顕信9句が掲載されている
  影もそまつな食事をしている
 中学卒業後、調理師専門学校を経て岡山市役所勤務。1984年23歳から闘病生活は始まった。発病前年、浄土真宗の顕信は京都西本願寺で修行、得度し俳句も詠んだ。84年自由律誌「層雲」(荻原井泉水)に投句。内的世界への「窓、空、月、雲、音、夜、枕等」が多く使われたのは必然的。顕信は太宰治の好きな大学生シンジと仲良しになれた。彼は心の支えによくなった。
  洗面器の中のゆがんだ顔すくいあげる
顕信はシンジに「ぼくは水だ」と宣言し人生哲学をぶった。そして矢沢永吉や太宰治、山下清やジョン・レノンに憧れた。外見を装い、天才ぶった豪語もした。
  何もないポケットに手がある
 顕信は生き急いでいる様相で、「ぼくは氷になるよ」と、広告会社勤務のシンジに言った。氷とは住職のことである。
  あけっぱなした窓が青空だ
 顕信の父親は市役所から帰るとポストをのぞくのが習慣だった。見舞う友の少なくなった顕信へのせめてもの慰めであった。
 表題の「夜が淋しくて‥」の句は、夜遅く渋るシンジを呼び出したときの句で、「今すぐでないとダメなんじゃ。明日になって話をしたら今のこの気持ちがちゃんと伝わらない」というもの。
 病状悪化とともに神経質になり、心の襞を直截に詠出する焦りが見え隠れする。
 
出典:『住宅顕信全俳句集全実像 夜が淋しくて誰かが笑いはじめた』池畑秀一監修
評者: 國定義明
平成25年11月11日