兎の仔みんな黒くて夕涼み 飯島晴子 評者: 吉田成子

 兎の毛は褐色、灰色、白、黒などいろいろあるらしく夏毛は褐色で冬には白くなる種もあるという。しかし神話の「因幡の白兎」は勿論、イギリス童話の少女アリスを不思議の国へ誘ってくれるのも白兎である。そんなこともあって兎といえば白い兎をイメージする人が多いのではないか。日本では明治期には品種改良して白毛に赤目の兎を繁殖させたこともあったと聞くが、日本人には白い兎が好まれたのかもしれない。昔は山里の方々で見ることが出来た兎だが、現在日本で野生の兎が見られる地は少なくなった。身近に見るのは動物園や農家で飼っている兎、あるいは学校で子供達に愛玩されている兎である。
 掲句の兎も作者の『自解100句選・飯島晴子集』によると飼い兎である。蛍を見るために中央線上野原近辺を歩いたそうだ。ところが蛍は出ないと知り、がっかりしつつも諦めきれずに日が暮れるのを待って散策中に兎小屋に出会った。この自解の一部を抜粋すると「一軒の家の前に相当大きい兎小屋があった。薄暗いなかに大小の兎がいた。近寄って目を凝らすと奥の方に仔兎がが何匹もいて、それがみな黒いのである。その家の家族が夕食後の一ときを何となく道に出ていた」とある。
 この「それがみな黒いのである。」の表現には黒かったことへの驚きが籠められている。しかも何匹もいるどれもが黒かったのだから、異様な光景にも見えたのではないか。蛍を見たい一心で来たところ、蛍に会えず思いがけず黒い兎に出会った。このはぐらかされたような気分と「夕涼み」の配合が絶妙である。自解の最後は「蛍のが兎の仔になった」と結んでいる。
 
出典:句集『八頭』
評者: 吉田成子
平成25年12月11日